わたしが、特別養護老人ホームの寮父時代にお世話になった看護師(当時は婦長)さんがいます。当時は、看護と介護の間で、お互いの正しさばかり主張して、なかなか折り合いがつかないことだらけで、ことある毎に衝突していました。衝突の要因は、それぞれの持つ専門性の主張でした。
しかし、話し合いの繰り返しの結果、次第に焦点を自分たちの専門性の主張ではなく、お爺さんお婆さんにとって何がベストなのか目的に、それぞれの専門性をどう発揮していこうかに焦点を当てて話をしてゆくと、お互いの実際の看護や介護がうまくかみ合うように変わっていきました。その方にとって、とてもいい感じになっていったのを覚えています。
その基本となったのが、どこに焦点を合わせるかでした。人はそれを目標、目的、到達点、目指す方向、理念などなどと様々に表現されますが、その本質は、今目の前にいる方の“生きる幸せ”にどう応じるかだと思いました。そしてお互いの仕事の目的を共有することで、互いの人格を尊重する関係へと繋がっていったのです。
その婦長さんは、今現在、96歳で現役の看護師さんとして、デイサービスセンターで利用者様の健康をチェックするなどの仕事をしています。凄いです。僕は尊敬を通り越して、神様だと思っています。
わたしの「人」としてのお手本は婦長さんです。
わたしたちは、パズルのピースのひとつです。それぞれがそれぞれの場所で輝くように生きることではないでしょうか。わたしたちの前にはいろんな壁が立ちはだかります。でもどの壁も「お互いに補い合うことで乗り越えられる壁」ばかりです。きっとわたしたちは、この壁に立ち向かえられるように、バラバラな形をしているのだと思います。お互いの穴や凹みを補えるように。
アウル通信