さて、新たな年度を迎えましたが、当社も2001年(平成13年)設立登記以来、丸21年が経ちました。翌2002年(平成14年)には、グループホームアウルを伊達市初のグループホームとして開設する事ができ、本年で丁度20年が経過しました。
一口に20年と言いましても、色んな事がありました。どのような出来事にせよ、ここまでこられたのは、たくさんの皆さんのお陰様であると、あらためて心より感謝を申し上げますと共に、これまでを振り返り感慨深く思いを馳せたりしておりました。
私も今年は、還暦を迎える年になりました。39歳の若造が、夢を抱きこれまで挑んできましたが、これでよし!と思ったことは一度もなく、これでいいのか?と、いつも自問自答の毎日でした。それは今でもまったく同じ想いでおります。
そしてこの度、伊達アウル唯一のオープンスタッフでありました、今野恵子さんが、残念ながら退職となりました。オープンから20年間、室蘭からあの白鳥大橋を渡って通勤していただき、日々入居者の支援に尽力していただきました。本当にお疲れ様でした。これで、伊達アウルでは、オープンスタッフは一人もいなくなりました。歳月の流れの速さと尊さを感じています。この場をお借りして、これまでのお力添えに心から感謝申し上げますとともに、どうかご自愛下さいますようお祈り致します。
とても寂しい想いではありますが、新たな年を一年一年重ねて行こうと心新たにしております。皆様におかれましては、どうかこれからもご支援とご協力を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。
一口に20年と言いましても、色んな事がありました。どのような出来事にせよ、ここまでこられたのは、たくさんの皆さんのお陰様であると、あらためて心より感謝を申し上げますと共に、これまでを振り返り感慨深く思いを馳せたりしておりました。
私も今年は、還暦を迎える年になりました。39歳の若造が、夢を抱きこれまで挑んできましたが、これでよし!と思ったことは一度もなく、これでいいのか?と、いつも自問自答の毎日でした。それは今でもまったく同じ想いでおります。
そしてこの度、伊達アウル唯一のオープンスタッフでありました、今野恵子さんが、残念ながら退職となりました。オープンから20年間、室蘭からあの白鳥大橋を渡って通勤していただき、日々入居者の支援に尽力していただきました。本当にお疲れ様でした。これで、伊達アウルでは、オープンスタッフは一人もいなくなりました。歳月の流れの速さと尊さを感じています。この場をお借りして、これまでのお力添えに心から感謝申し上げますとともに、どうかご自愛下さいますようお祈り致します。
とても寂しい想いではありますが、新たな年を一年一年重ねて行こうと心新たにしております。皆様におかれましては、どうかこれからもご支援とご協力を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。