さて、私毎ではありますが、少しお付き合いいただけると幸いです。アウルは、たとえ認知症の状態であっても「人として」の尊厳を守るために立ち上げました。先月も書きましたが、私は昭和63年に、社会福祉法人幸清会特別養護老人ホーム幸豊ハイツ(100名定員)の寮父として採用されました。当時の施設は、収容又は隔離型のホームが多く、入居者(利用者)の行動を制限し、彼らの行いをすべて問題行動とし、転倒し骨折するからと、車椅子に紐で縛り動けない状態にしていました。食事介助といえば、ご飯もおかずも何もかも混ぜて、こちら側のペースで食べさせていました。挙句の果てには、薬まで混ぜていました。新人だった私は先輩にそう教えられました。そんな時でした。私が食事介助していた男性入居者の方が、喉を詰まらせ、そのままチアノーゼが現れ、あっという間に僕の目のまで呼吸困難となりました。その時の私は何も出来ず、ただただその場に佇むだけでした。そして、最悪な結果を経験することになってしまいました。その時のことを思い出すと、胸が苦しくなり自分を責めてしまいます。オムツの交換では、公然と廊下や他の人がいる前や居室で、カーテンもせずに行っていました。今思うと、痴呆だから何もわからない人、頭の病気だから何をしても感じない人などと、心のどこかで思っていました。そのくせ、私たちの思い通りにならない行動をすると、スピーチロックして行動を制限していました。
伊達にアウルを立ち上げる時、介護(ケア)の技術的に下手くそでも、最低限、基本的に「人として」「やさしく」「ゆっくり」「楽しく」「丁寧に」を大前提に暮らしを整えていこう、その暮らしの支えになろう、そして彼らの自尊心が高まるように支えていこう、そう心に誓いました。少なくとも、以前私がしてきたような、職員の都合で介護(ケア)することはしないようにしよう、そう信じてこれまで実践し内外に伝えてきました。
今、私たちが今行っている介護の良し悪し、つまり物事の是非は、そうした決断した時に決まるものではありません。評価が定まるのは、常に後になってからです。もしかしたら、間違っているかもしれません。だからこそ、今、自分が正しいと信じるものを選択するために自問自答を続けていかなければいけないと思っています。
アウルの願いは、ここで生活されている方々の「しあわせ」です。その「しあわせ」が、すべての皆さんの「しあわせ」に繋がることを願っております。
伊達にアウルを立ち上げる時、介護(ケア)の技術的に下手くそでも、最低限、基本的に「人として」「やさしく」「ゆっくり」「楽しく」「丁寧に」を大前提に暮らしを整えていこう、その暮らしの支えになろう、そして彼らの自尊心が高まるように支えていこう、そう心に誓いました。少なくとも、以前私がしてきたような、職員の都合で介護(ケア)することはしないようにしよう、そう信じてこれまで実践し内外に伝えてきました。
今、私たちが今行っている介護の良し悪し、つまり物事の是非は、そうした決断した時に決まるものではありません。評価が定まるのは、常に後になってからです。もしかしたら、間違っているかもしれません。だからこそ、今、自分が正しいと信じるものを選択するために自問自答を続けていかなければいけないと思っています。
アウルの願いは、ここで生活されている方々の「しあわせ」です。その「しあわせ」が、すべての皆さんの「しあわせ」に繋がることを願っております。