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『スマホのメモに残されていたもの』

2016年06月09日 | 未分類

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スマホのメモ機能は

私にとっては外部記憶機能である

その時々に何を想い何を感じていたのかを知ることができる

朝スマホのメモしたものを見ていたら

個人のFacebookをやっていた頃の記事があった

この時はこんなことを思って書いていたんだなぁと懐かしく読んだ

折角なのでブログにも載せちゃおうと

ここの施設長はこんな事を考えてんのかと

知っていただくための再掲


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「2016年4月12日に思うこと」

あのですね

僕だけかも知んないので今まで黙ってましたけど

もしかしたら同じ思いをしている人がいるんじゃないかって思って

勇気を出して告白します

あの〜皆さんの頭ん中ってどうなってます?

何か変な聞き方ですけど

実は僕の頭ん中っていつも何かを考えてるんです

兎にも角にも何かを考えてる

もっと言いますと、どんな時でも

人前で話をしている時も
車を運転している時も
映画を見ている時も
こうしてFacebookに投稿している時も
怒られている時も
うんこしている時も
ラーメン食べている時も
楽しく会話している時も

兎に角何かを考えているの

これってどう思います?

もしその考えていることが、自分にとってもんの凄く嫌なことだったり、気になることだったりしたら

僕の頭ん中には『思考ターボ機能』がついていて

その思考のターボが働いて、もっと考えてしまうようになるのね

その勢いたるや凄まじいくらい

すると別な嫌な副産物が現れる

それは、ありもしないこと、起こってもいないことを勝手に想像するという副産物

すると今度は、その副産物が様々なドラマを繰り広げる

こうなるともう病気の域ですかね

そんなターボ思考のスイッチを切ることができないでいると

そのことをベースとして、現実の世界が回り始めるのです

そういう時は、もう自分では手がつけられない状態となり、周りを巻き込んでしまっていると、もう一人の自分が罪悪感を覚えるのです

多分僕なりの仮説ですが

私の場合

自分を守るというか、自己防衛が自然に働いて自分をいい状態に導こうとするんだろうな

それといつもベスト、ベターな状態であるべきという『べき』ベースが働き出して、そうさせているとも考えられる

本当の自分は30点レベルなのに

何とか100点満点でなければならないという恐怖

評価が怖いんだろうね

そういうBeingだから、必死にDoingでハリボテ作りに精を出すみたいな

もう苦しくて苦しくてたまんない

自分の思考をできれば一旦停止したいんだけどそうもいかない

これがまた辛いんですよ

もういい加減にしろ〜〜〜って感じ

誰か助けて〜〜〜って感じ

だからもういいんじゃないべかって思うんだけど

だからもういいよって

もうそのまんまの自分でいいんだよって

100点目指さなくてもいいんだよって

何かを守る必要なんてこれっぽっちもないんだよって

たまに言ってくれる人がいると泣けてくる

爺さんなんかねぇ〜

いいだけ自己啓発本を読み漁ったけどもね

人生なにひとつ無駄なことなんてありゃしないって聞いたことあるけど

何かしらためになってるんだろうとは思えるけど、あんまり意味ねぇ〜なとも感じる

やっぱり自分で感じたことってぇ〜のは、記憶的にも体感的にも残るね

どう残るかは別として確かに残ってる

最近思うんだけど、記憶ってほとんど嘘かもって

過去のことを話していて、相手の反応がイマイチな時って、話が盛られたり、盛ってたりするもんね

実際とはかけ離れたりしてるんじゃないかって思うよ

今となっては確かめる術なんかないしね

みんな結構適当に生きてる

それでいいんだなぁ〜

今気づいたんだけどね

こうして話を打っている時って考えてないわ

夢中になっている時って考えてないわ

何か夢中になることをやればいいんだ

できれば苦痛なく、仕方なくでなく、誰かにやらされていることでなく

楽しいこと、好きなこと、嬉しいこと、ワクワクすること、ヒーハーって思うこと

何だろうな

メンタルが落ち込んだ時って、こうやって自分の思考の中を書き出すことで、自然と整理されて落ち着いてくる

ターボ回ってねぇ〜し いいね

ひとつ見つけたな

ストレス回避法だな


最後まで読んでいただいてあざ〜っす🤓🎶

10:13 | 記事 nao

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