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『専門性と幸福』

2018年01月20日 | 未分類

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今回は長いです↓

一年前のことでした

とある会議の中で

この業界は

「介護は、資格がなくても出来る仕事」のような話になりました

すると

看護師資格を持った方から

「資格がないのに、高い専門性を求められるんですね」と笑われました

「そうです、これが今のこの業界の実態です」と還しましたが

それしか言えませんでした

それしか言えなかった自分に腹がたち悔しかったのです

多分これまで志を持ってやってきましたが

どこかに「どうせ」があって拗ねているからなのでしょう

この国の国民の多くは

何らかの介護が必要な状態になった時

介護保険と言う仕組みを利用しています

介護報酬の中身は

国民の責任である介護保険料と本人による一部負担金と税金が投入されています

医療も仕組み的には同じです

つまり僕たちのお給料はその中で賄われています

つまり支払われる保険料や税金が低くなればなるほど

介護報酬は下がります

つまり介護保険料が低いと言うことは

低い報酬

つまりお給料になるわけです

本質的なことを言うと

低い賃金でより高度な専門性を求めているのは誰なのか?

多くの真っ当な事業者(経営者)は

その仕組みの中で法令遵守はもちろんのこと

決められた介護報酬体系の中で

国が認めた経営形態の中の規則に則って

スタッフの有する能力に応じてお給料として分配されています

ですから

僕が支払っている訳ではありません

つまり実費以外は

全ての国民一人ひとりが応分にその責任を享受している仕組みですから

国民一人ひとりの総意としての報酬なのです

つまり国民一人ひとりから頂いていると言うことになります

と言うことは

本質的には公務員と同じなのです

高い専門性と言われるには

それなりにそのサービスの高い評価としての価値というのがあります

その価値を僕たちは高めて行くことによって

国民一人ひとりにその価値を認めてもらうように努めることが大切です

同時に、国民一人ひとりがこの介護という仕事に対して

高い専門性を求めているのであれば

その価値を見極めて

その価値に見合った支払いと負担を考えなければならないとも思います

しかしその価値は低いのが現状です

安い保険料で高い専門性は無理です

逆に低い専門性で高い報酬も無理な話です

しかし、この業界は今まさにその真っ只中にいるのです

どう思われますか?

しかし今は

低い報酬で高い専門性を求められるのです

もちろん事業者は

有資格者を採用しようと努力します

しかし

介護福祉士資格を持った人はもちろん

介護福祉士資格を取ろうとする人すら減っている

同時に

介護保険事業所やその他の施設が増える中で

資格を有する限られた人財を確保するのは至難の技です

そうなると事業者は

資格を持たない人を採用し育む努力をします

アウルのスタッフの多くは

仕事をしながら国家資格をとったものたちばかりです

今年も2人介護福祉士に合格しました

仕事をしながら資格をとったのです

素晴らしいことです

それでも僕たちを笑いますか?

笑えますか?

皮肉が言えますか?

この国の人たちは

消費税が2%上がるだけでも

文句を言う

社会保障の目的に使うと国は言うが

介護報酬は下がる一方で

せっかく消費税が上がって

介護報酬も上がるのかなと思いきや

消費税は上がらない

つまり介護報酬は上がりません

と言うことはお給料は上がらないと言うことです

下がる一方です

確かに加算はあります

その加算すら微々たるもの

小さな事業者にとっては死活問題です

僕一人の考えでは

どうすることもできないのです

ですから事業者同士が集まって

国へ国民の皆さんに僕たちの専門性を高め

その価値感が高まるよう働きかけているのです

その事業者団体ですらひとつになれない

僕は国民の一人として

誰に何と言われようが

誰かに鼻で笑われようが

僕たちのしていることの素晴らしさと

自分が自分らしく生きて行くための

大切な価値ある仕事であると伝えていきます

そこにたくさんの豊かさと

人間としての究極の存在価値を見いだしているからです

それが人間の本質的な幸福と信じているからです

ですから

国民の一人として

この国の未来をどう創造してゆくかを考えていきます

※写真は、本文となんら関係ありません。なんかいいなぁ〜と思ったんでアップさせていただきます。自画自賛😊

宮崎直人

09:59 | 記事 nao [コメント:0]

『感情』

2018年01月19日 | 未分類

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僕たちは、どれだけ人の「こころ」が見えるだろうか?
 
僕たちは、どれだけ人の「さけび」が聴こえるだろうか?
 
僕たちは、どれだけ人の「さびしさ」が感じられるだろうか?

僕たちは、どのくらい人の「つまずき」を許せるだろうか?

僕たちは、今、目の前にいる人の

目には見えない

耳には聴こえない

声なき声にどれだけ気持ちを傾けることができるだろうか?

感情は、いつでもそこにあります

ずっとあるものです
 
今も、これからも、命を全うするまで

ずっとそこにあります

感情の中身を大切に考えませんか?

これは、全ての人へのメッセージです

人種や国籍、文化や風土、言葉や習慣を越えた

人類に与えられたメッセージです
 
互いに許しあい、互いに認め合い、互いに生きることを

一緒に考えてみませんか?


宮 崎 直 人
                 

09:32 | 記事 nao [コメント:0]

『仕事の本質』

2018年01月18日 | 未分類

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私は『人』の支援をするために、この仕事をしています。

私は『認知症介護』『認知症ケア』をするために、この仕事をしていません。

私は『人』が生きることの本質と共にいるだけです。

私たちの仕事の本質は、一人の人間の生涯で考えた時に、支援することを通して、彼らの価値や生活を位置づける働きをしているのです。

つまり互いに支援し合う中で、彼らの生活に安定性と居場所(単なる物理的な場所ではなく人に役立つ何かも含まれる)を自ら見出す力をにじみだしてゆくのです。

この地球上で、自分の落ち着く場所にいる実感が沸いてくる時、または他の人や世間様に役に立つ自分を感じた時、人は自身の生の真の意味を自身の中に見出すのでしょう。

それは人を、評価したり、支配したり、説明したりしているからではなくて、支援し、支援されているから生まれるのです。

このことは、私たち自身がこの分離に満ちた世界に終止符を打ち、全ての枠をとっぱらい、本当の意味において協力し合えたときに、はじめて真の自由を見出す事を経験するでしょう。

私はまだまだ支援の本質を語る力はありません。私はあきらめません。

私たちは『人』の支援をしているのです。

何度でも云います。

私たちは『人』の支援をしているのです。

宮崎直人

18:53 | 記事 nao [コメント:0]

『介護職のための「人」と「認知症」の講座開催しました〜^ ^』

2018年01月17日 | 未分類

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今一度自分の足元を見つめ直したいという想いで

今日から始まりました介護職のための「人」と「認知症」の講座

当初スタッフのために企画した年間講座計画ですが

テーマをみて聴きたいと思った方はどなたでも参加できるようにしました

今日は13名の参加をいただきました

地味に地道におこなってますのでよろしかったらお越し下さい

どうぞよろしくお願い致します

※写真はお題と関係ないウリちゃんのポーズ写真でした^ ^🐈

宮崎直人

21:18 | 記事 nao [コメント:0]

『人と認知症のケアについて』

2018年01月17日 | 未分類

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五感を理解し

五感を疑い

五感を信じ

五感に働きかけ

五感で感じ

同時に

六感で声なき声に耳を傾ける

これが人と認知症のケアにとって大切なことです

僕はず〜っとそうしてきましたし

これからもそうしていきます


※写真は、旭川の買物公園沿いにあります宮越屋珈琲のトイレの中です^ ^
とても素敵な飾りだったので一枚撮らせていただきました^ ^
トイレの中も心地がいいっていいですね(笑)

宮崎直人

06:42 | 記事 nao [コメント:0]

『タイミング』

2018年01月16日 | 未分類

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人生って

タイミングだと思う

タイミングが合うと

いろいろと前に進む

その逆もまた然り

タイミングを選ぶことも出来る

どのタイミングを選ぶ?

宮崎直人

06:42 | 記事 nao [コメント:0]

『猫ちゃん🐈』

2018年01月15日 | 未分類

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以前の僕は猫嫌いでした(^^;

でも今は大好きな動物になりました🐈

どうして嫌いだったのか

どうして好きになったのか

実は自分でもはっきりとその理由がわからないんです^ ^

不思議ですね

僕はそのほとんどが誤解だと思うんです^ ^

で、その誤解のままでいいんですね

僕たちはついついその理由や原因を探ろうとしますね

それはとてもいいことだと思うんです

でもですね

僕たち人間も含めて生き物たちの関係は1つの理由や原因では語れないんですね

多くの複雑な要因が更に複雑に絡むあって今を生きている

そう思うんです

ですから

それが原因だねとか理由だねって言うほとんどが誤解なんだと思うんです^ ^

なので誤解と言いました(笑)

写真は僕の家で飼っている猫の「ウリ」です

どうぞよろしくお願い致しますm(_ _)m

では、今日はこの辺で失礼します^ ^

宮崎直人

09:02 | 記事 nao [コメント:0]

『ギャラリー&ブロブ再開!』

2018年01月14日 | 未分類

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みなさん

これまでアメーバーブロブをHPでシェアしておりましたが、初心に還り、復活することにしました😊

これまで通りどうぞよろしくお願い致しますm(_ _)m

今日はご挨拶で失礼いたしますm(_ _)m

宮崎直人

20:34 | 記事 nao [コメント:0]

『悩みの基本』

2017年07月18日 | 未分類

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aさんはbさんに言います

「なんで言うとおりにしないのよ」

「なんでわたしの思い通りの行動しないのよ」

「なんでわたしと同じこと考えないの?」

「わたしの方が正しいんだから」

「なんでそんなのがいいわけ?!」

「なんてわがままなの!」

人間関係の問題って
基本全部これ

そのまま、bさんはaさんにきっとこう言うでしょう

「あなたこそ、なんでわたしの言うとおりにしないのよ」

「あなたこそ、なんでわたしの思い通りの行動しないのよ。わたしの思い通りとは、その言動を止めてくれること」

「なんでわたしと違うこと考えといてそれを押し付けてくるの?」

「なんでわたしと同じこと考えないの」

「わたしの方が正しいんだから」 

「なんでこのよさがわからないわけ?!」

「なんてわがままなの!」 

親子
夫婦
友人
上司部下
赤の他人

「わかってよ!」

「キミこそわかってよ!」 

みんな同じ

「わたしの理想通りではない」 
 
これが悩みの基本

(心屋仁之助 facebookより)

なお

08:12 | 記事 nao [コメント:0]

『食事の風景』

2017年06月18日 | 未分類

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小規模多機能の食事の風景ですが

大家族でご飯を食べている感じでいいですね

往々にして

安全や人間関係に配慮して

食べる場所をセパレートしているところが多いようですが

小規模の場合は違います

安全や安心に関して言えば

これ以上に安心安全な形式はないでしょう

安心安全は結果

安心安全が目的になっては

せっかくの美味しい食事も台無しです

よく誤嚥したらどうするのですか?

逆にこの形式が誤嚥の気づきと対応も素早く出来ます

セパレートして座っている方が

スタッフの視界が死角になったり、注意が分散したりして発見が遅れてしまいます

しかし

そのことが食事の座り方を左右してしまうのはおかしいですよね

もし

みなさんと一緒に顔を合わせて食べたくないという方がいれば別ですが

その方に応じた食事環境は考えられるのです

往々にして

利用者の安心安全と言いながら

いつの間にかというか

本音は

専門職の一方的な安心安全となっているのが現状ではないでしょうか?

しかし

僕たちのねらいは違います

まずは

・本人の意向の確認と尊重

・顔が見える関係(人間関係の構築と配慮)

・そもそもの食事を楽しむ

・食べると言うことの意識化及び顕在化(モデリング)

・スタッフも一緒に食べる(等間隔で座る)

・リスクマネジメント(見えない専門性の発揮)

僕たちは

この6点を大切な視点として日常の支援を行なっています

さぁ!

この時のメインディッシュは

「カレイの煮付け」

男性利用者の方が味付けされ

じっくり煮付けたカレイ

美味しかったそうですよ^ ^

ちなみに

こうした取り組みが

認知症の進行を遅くしたり緩和したりすることがわかってきています

みなさんもお試し下さい

総合施設長 宮崎直人

06:07 | 記事 nao [コメント:0]