私の大好きな詩人と詩をご紹介します。
藤川幸之助 氏
詩人・児童文学作家。小学校の教師を経て、詩作・文筆活動に専念。認知症の母親に寄り添いながら、命や認知症を題材に作品をつくり続ける。著書に、「手をつないで見上げた空は」「君を失って、言葉が生まれた」「大好きだよキヨちゃん。」「やわらかなまっすぐ」などがある。
『扉』
母を老人ホームに入れた
認知症の老人たちの中で 静かに座って私を見つめる母が
涙の向こう側にぼんやり見えた
私が帰ろうとすると 何も分かるはずもない母が
私の手をぎゅっとつかんだ
そしてどこまでもどこまでも 私の後を付いてきた
私がホームから帰ってしまうと 私が出ていった重い扉の前に
母はぴったりとくっついて ずっとその扉を見つめているんだと聞いた
それでも
母を老人ホームに入れたまま 私は帰る
母にとっては重い重い扉を
私はひょいと開けて また今日も帰る
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