『さびしい言葉』                                     藤 川  幸 之 助

病院で母と同室のばあちゃんは 母と同じくらい呆けている
母と違うのは言葉が話せること 看護師さんが来ると必ず
「お願いします 死なせてください」なのだ
看護師さんが母の世話をしているときも 背中越しに
「お願いします 死なせてください」
時には私に向かって
「お願いします 死なせてください」
また時には呆けた母に向かって
「お願いします 死なせてください」
「さびしい言葉ね それはできないのですよ」
看護師さんが言うと
「いやできるはず 死なせてください」
ある日「死なせてください」を 繰り返すばあちゃんに
「息がきついのよね」看護師さんが優しく言うと
「はいきついんです 死なせてください」
「さびしいのよね」
「はいさびしいんです 死なせてください」
その日それからばあちゃんは ひとこともしゃべらず安心したように眠った
そしてその日もばあちゃんのところへは 誰も見舞いには来なかった
これで一ヶ月にもなるらしい
「死なせてください」というばあちゃんの願いは 
今日も叶えられなかった
夜静まりかえった病棟 私の頭の中でめぐり続けるばあちゃんの声
本当の願いは 「さびしいのです 誰か一緒にいてください 生きていたいのです」
と私には もっとさびしい言葉に聞こえるのだ
感謝

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