歳を重ねるっていいなと感じる。だから、早く歳をとりたいという願望が強い
幼稚園児の頃、多分それなりの悩みや嫌なことがあったと思う。
しかし、具体的に覚えていないし、今でもその悩みを引きずってはいない。
小学生の頃、ぼくは遠足が嫌だった。なぜなら、途中でウンコがしたくなったらどうしようという切実に思ってしまうからだ。しかし、そのような事態は起きなかった。しかも、今でもそれを引きずって生きてはいないし、解決策がある。
中学生の頃、沢山の女の子を好きになった。みんないい子だった。それなりに恋の悩みを抱えて、野郎の友達とあ〜でもない、こ〜でもないと喋っていた。しかし、今になっても、その恋の悩みを引きずっては落ち込んではいない。どちらかというと、懐かしく、ちょっとだけせつない想い出となっている。
高校生の頃、恋に落ちた。その時の女性が、今の奥さん。17歳の春だった。あばたもえくぼ状態なオレは、彼女を独り占めにした。嫉妬の日々だった。いつも一緒にいなければ、機嫌が悪かった。周囲も同調した。それはそれで凄いと今更ながら思う。今に至るまで、色々とあって、離れて暮らした時期もあったが、今は最高の伴侶として、お互いに認め合い支え合い、励まし合い、愛しあっている。本当は、今までもそうだったのだろう。
大学生の頃、4年間一人暮らしを経験した。お金がなくてもバイトしたりなんだかんだと生きた。彼女(今の奥さんの)とのデートは、ほとんど彼女の奢りだった。いつかきっとと心に決めた。
社会人になり、職を転々とした。仕事は、その都度一所懸命にした。認められるように頑張った。嫌な時も、辛い時も、苦しい時も、悲しい時もたくさんあった。でも、今でもそれを引きずって生きてはいない。逆に、励みや踏み台や今の仕事の基礎になっている。
39歳で独立した。会社を作った。施設を建てた。でも、一人じゃ出来なかった。沢山の人の力と知恵とお金が動いてくれた。特に何かしたわけでもないのに、沢山の人が力を貸してくれた。それは、沢山の別れと出逢いを繰り返し今でも続いている。誰がやめようと、誰が来ようとも、ここを必要とする人がいる限り続く。もう必要がないとなった時に、静かに幕を閉じるだろう。
今年56歳。まだまだ、まだまだと思いつつ、少しずつ少しずつ後ろへ後ろへと下がっているのが心地いい。降りよう、降りようとしなくとも、人間、歳と共に、心身と共に自然と降りてゆくもの。もういいだろうと、よく頑張ったと自分を讃える。
Naoto
未承認 2018.08.17-06:55 このコメントを編集する
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