自分の置かれている状況に
いつも不平不満ばかりを言う人がいます
そう言う人は
常に自分の心に不平不満を描いている人です
人は自分の心で思い描いた通りの事を
自分の周囲の世界に創り上げています
つまり
自分の心で思い描いた通りの世界を創造するのです
この仕組みを
不平不満の一杯の争いの世界に使うのか
若しくは
人を思いやり協力する世界に使うのかは
タグホイヤー スーパーコピーその当事者である自分自身に
委ねられています
その与えられた
本来の力をどう使うのか?
ぼくは後者を選択します
Nao
2022年02月17日 | 未分類
自分の置かれている状況に
いつも不平不満ばかりを言う人がいます
そう言う人は
常に自分の心に不平不満を描いている人です
人は自分の心で思い描いた通りの事を
自分の周囲の世界に創り上げています
つまり
自分の心で思い描いた通りの世界を創造するのです
この仕組みを
不平不満の一杯の争いの世界に使うのか
若しくは
人を思いやり協力する世界に使うのかは
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委ねられています
その与えられた
本来の力をどう使うのか?
ぼくは後者を選択します
Nao
2022年02月05日 | 未分類
誰かに文句を言ってるときは
「その文句を言いたい相手よりも
自ら、自分の立場を下位に置いている」
それを自覚しましょう。
すべて、自分がやっているのです。
もちろん、
その見えない上下を無自覚に
作ってしまっているのも
自分自身です。
文句、つまり
相手に面と向かって意見を言う勇気もなければ
改善する勇気も知恵もない。
相手よりも自分のほうが
残念ながら
「力が無い」「立場が弱い」と思っているのです。
よく洞察してみて。
実際、そうではありませんか?
あなたには現状を変える力が無いと思っている。
でも、現状を変える力を持っているはずの人は、あなたの思う通りに動いてくれない。
だからその人に文句を言いたい。
文句を言う人は
基本は
受け身の立場にいます。
養ってもらったり
守ってもらったり
受け身であり
依存的な立場にいます。
それはそれでいいのです。
けど、
依存できる相手がいる、ということは
実は「とても幸せな立場」だと
私は思います。
依存する相手がいないひとは
人のせいにはできません。
ある意味孤独ですが
自立しています。
変えたければ行動するしかないことを
知っています。
文句を言うひとは
依存する相手に
代わりに矢面に立ってもらい
自分は箱の中で、
またはその人の傘の下で
安全に生きることを選んでいる。
ある意味
恵まれた立場なのです。
恵まれてるということに気づかず
現状をひとに変えてもらえないことへの
フラストレーションを言う。
それが、陰口だったり
誰かへの文句や八つ当たりなのです。
少し厳しい言い方ですが
それが現実です。
さて、ここからは
あなたが、
どう生きたいかです。
あなたは、その依存している相手と
これから
どんな関係性を作りたいですか?
そのまま
その相手よりも
自分を下位の立場に置き、
もらえるものだけを要求し
依存させてもらい続けますか?
それとも
フラットで
建設的な
関係性を望みますか?
どちらが
世界を変えられるでしょうか?
現状を変えたいのは
誰ですか?
どちらを選ぶのも
あなた次第なのです。
世界は
あなたが作っています。
(心屋智子氏Facebook参照)
2022年02月03日 | 未分類
2021年09月29日 | 未分類
誰も言わないから、言わせてもらいます。
本当は『認知症』なんて無いんですよ。
ただ単に、加齢又は身体的な変化に伴う自然現象が起きているに過ぎないだけです。その現象が個々に違うだけです。そしてそのことを小難しく言ってるだけです。
そこには、ただ「人」がいるだけです。
「認知症の人」などどこにもいません。
わかりましたか?
写真の方の年齢は、100歳^ ^
リシャールミル スーパーコピー100歳でもしっかり自分の足で、自分の意思で台所に立ち調理をします。
個々にその力は異なります。その力を発揮できる場所と支援と出番があるかどうかです。
このことを「快護」と言います。
2021年06月25日 | 未分類
リンゴとイチゴとミカン
それぞれに違う
なのに「果物」として
人間は一括りにしたがる
バナナは好きだが
ミカンは苦手という人間もいる
果物の括りと
バナナとミカンという個は別物
でも一緒にしたがる
それが解りやすいし便利だし簡単だから
ウブロ スーパーコピーでもバランスを崩すと
個が見えなくなるから気をつけないといけない
そのことだけは共通理解として
お互いに持っておきたい感覚なのだ