もし
自分の信じていることが
まるっきり違っていたら
自分のやってきたことが
役に立たないことだったら
なまらびっくり仰天
正直
そう考えたことはなかった
大好きなザ・ブルーハーツの曲
“情熱の薔薇”
その中に
“見てきた物や聞いた事
今まで覚えた全部
デタラメだったら面白い”
この世界は
“あるがままのこと”と
“なすべきこと”があって
そこに乖離が生じていたら
人は自分の信じていることや
導きたい答えに影響され
“あるがまま”を
歪めてはいないだろうか
ないものをあるといい
あるものをないという
全ては疑うことから始まる
もし得たい結果が得られなかったら
その結果を受け入れられるだろうか
その事実を認められるのだろうか
そう考えると
全てを投げ出したくなる自分と
しっかりと向き合わなければという自分と
なるようになるさという自分がいる
そこを人生の最後に
確かめてみたいのだ
どんな結果になろうとも
それを肯定する自分がいるかどうか
これが挑みの本質なんだ
Nao