僕はできれば家で死にたい
できれば痛くなく死にたい
静かに
眠るように
朝起きたら
死んでたみたいに
死ぬのがいい
そんな生き様で
人生を締めくくりたいです
欲を言えば
奥さんより後に逝きたい
奥さんをちゃんと看取ってから
逝きたいね
多分僕は耐えられないと思うな
泣き崩れて
涙が枯れるまで泣いて
もう死んでしまいたいと
思うんだろうな
愛する奥さんに先に逝かれたら
そりゃぁ〜ダメだべさwww
相当苦労をかけたからね
昨日寝る前に
もし朝
一緒にポックリ逝ってたなんて
なったてたらどうする?
しばらく誰にも知られないで
このままなんだろうねって
2人で話をしました
でも連絡が取れなくなって
心配になった子供達が
見つけてくれるよ、きっと
そんな話をして寝ました(笑)
最近
気づいたら
そんなことを
考えている
僕がいました
まだまだ若いと思っていたけど
なかなかそうはいかないね
歳を重ねるということは
そういう実感を
味わうことなのかな?
僕の仕事は
お爺さんやお婆さんたちの
暮らしを支えることです
彼らもまた
そんな時と歳をかさねることで
沢山いろんなことを
感じてきたんだろうなと思う
言葉や所作を失いつつある今
どう感じ
どう思って
ここにいるのだろうか?
頼りになるのは
傍にいる僕たち
僕らのCAREとケアが拠り所
僕らのCAREの蓄積と共有が
ケアという贈り物を創造して
届けられているとしたら
どうだろう?
僕らのCAREとケアは
彼らの拠り所に
なっているだろうか?
時をかさね
歳をかさねてきたけれども
時をかさね
歳をかさねるたびにそう思う
自分の時と人の時
自分の歳と人の歳
その重厚さと歴史に
あらためて敬意を表します
Naoto