なんでもそうですが、そこにどんな想いを込めるかです
今日は、私の前職の上司の話をします。
今から30年前、私は大きな社会福祉法人に勤めはじめました。その当時は、介護の世界には国家資格はなく、特別養護老人ホームの「寮父」という職名でした。
その後、特養の生活指導員、デイサービスの生活指導員、グループホームへと、そこにある事業所の全てで仕事をする機会と経験をもらいました。
今思うと、施設、在宅と経験していたことが、私の仕事の見識や見方・捉え方の幅が広がるきっかけになったと思えます。
薄情にも、いつの頃だったかはもう忘れてしまいましたが、札幌にある有名な大きな某社福の募集広告に目が止まり、応募するため、上司にその旨を説明し、退職届を出したことがありました。
上司は、私を問いただすでもなく、引き止めるでもなく「頑張りなさい」と退職届を受理してくれました。
採用試験を受け、後日結果を待っていたところ、不合格の通知が届きました。相当落ち込みました。相当、自惚れていましたから、それはそれは見事な落ち込みでした。
数日後、意を決して不合格の旨を上司に報告に行きました。合わす顔などありませんでした。
なんの経験もなく、焼き鳥屋に勤めていた私を、寮父として採用(拾ってくれた)してくれた施設長に顔向けなどできませんでした。
情けなくて、情けなくて。
すると施設長から意外な言葉をかけられました。
「じゃぁ、辞めないでいればいい」と言い、今の職務の継続をすすめてくれたのです。
私は、言葉を失いました。
今思うと、その時が私の人生の転機でした。
未来は誰にもわかりませんが、私を信用し、信頼してくれた上司の寛大さが、今の私の在り方に繋がっているのだと感じています。
上司とは、今も変わらずお付き合いさせていただいているというか、今もなお私を引き立てていただき、何かあったら相談に乗っていただける関係でもあり、大変失礼かもしれませんが、兄貴のような存在と思っています。
私の勝手な想いですが、今の自分に嘘偽りなく、正直に懸命に生きることが、道を開いていく基本になると確信しています。
最後に一言
『どんなことがあっても信用を裏切ってはいけない』
と、そこはかとなく・・・想うが、僕の中には、損得や見返りや計算があるね。
本当の信用とか信頼は、そんなもん関係なくなっちゃうことだと思うな。
だから、まだ「裏切る」とかという言葉が残るね。
Naoto