log

『続Being』

2018年06月30日 | 未分類

ファイル 1194-1.jpeg

昨日、「Being」の記事を投稿した。言い忘れていたことが、降りてきたので、続編として追加しておく。
昨日の記事を簡潔に言えば、自分が発したことは、自分に還ってくるということだが、人に言ったことは、自身の本質的な課題であるということを伝え忘れたので追記しておく。ということは、人から言われたことは、基本あなた自身の存在の本質とは全く関係がないということ。逆に、その人が誰かや何かを対象に言ったことは、その人の本質そのもの、若しくは課題だということ。だから、人から言われたことに一喜一憂する必要などどこにもないということ。例えば、子供の頃、あなたはダメな子だとか、橋に下から拾ってきたとか、勉強しないとダメになるとか、だからダメなんだと、いいだけ脅迫されて来た人もいる。それが、自身の前提を創っていたりする。本当は、親から言われたことは、その親自身への向けた言葉なのだということ。だから、あなたの存在価値とはなんら一切関係がない。ということは、親自身も若しくは、あなたの悪口を言う人は、自分自身の課題に対してどうにかしなければならないと、本質のところで苦しんでいる内面が表に出ているだけなのだ。それはそれで親の気持ちをわかってあげて欲しい。だから、何度でも言うが、あなたの存在価値とは一切!一切!一切!関係がない!もうわかったと思うが、自分を他の人間から言われた言葉で責めることはない。ただただひたすらに自分を大切に、自分を褒めて讃えて、たくさんのご褒美をあげることが、あなたの幸せを引き寄せる。それができるのは、誰かや何かではなく、あなた自身しかいない!もう自分を責めるのはやめにしよう。
つまりは、ぼくがここで発信していることは、すべてぼく自分自身へのメッセージということになる^ ^

10:01 | 記事 nao [コメント:0]

『Being』

2018年06月29日 | 未分類

ファイル 1193-1.jpeg

人のことをなんだかんだと非難し、否定し、俗に言う悪口を言う人は、基本、自分も非難、否定されているだろうなぁと思う。しかし、この法則は、なにもネガティブなことだけではない。つまり、人のことを善く言ったり、褒めたり、賞賛したりする人は、善く言われたり、褒められたり、賞賛されたりしているということ。しかし、ぼくが言いたいことは、善く言うといいか、悪口を言わない方がいいという話ではない。自分が発信していることは、良くも悪くも必ず必ず必ず(3回も言いました)、自身に必然的に還って来ているということ。つまり、発信者は受信者にもなるということ。人間の多くは、そこに気づけていないというか感じないというか、自身の都合のいい時や場合や話の時だけ、解釈が異なる。基本、人間の記憶は700%間違っていると思っているぼくは、あまり記憶を信じないというか、どうでもいいことかもしれない。結局、人間は自分の都合のいいように、無意識の世界の中で発信している、そんな感じを感じる。例え、もうそんなことはやめた方がいいと、直接本人に伝えたとしても、基本、自分の正しさや前提が優先されるので、いつまで経っても平行線のまま。この現象の前提は、ぼくもそうですが、自分のことをわかってほしい、わかってもらいたい、認めてもらいたい、自分が可愛いし、当然自分を守りたいという表れ。どちらかが、わかったよと受け入れること、「へ〜そうなんだ」(関係性によってはこの言い方は、バカにされたと更に深みに入ってしまう場合があるので、言葉や言い方、表現には気をつけた方がいい)と言ってみることで、相手はトーンダウンし昇華するか、更に興奮して言い続けるかのどちらか。もし、治らない時は、仕方がないから氣の済むまで放っておくしかない。ただ大切なのは、自分を大切にするBeの人間で在ることかな。Beさえ盤石であれば、何も怖いことはないし、安心して不安でいられる。同じ不安でもBeが不安であれば、どんなことでも、どんな時でも安心して不安でいられない。なぜならば、Beが不安だから。ぼくのBeは大丈夫だから、ぼくのDoは安心して不安でいられる。ぼくは、それでいいと感じるし、そう選択するし、そこが一番居心地がいい。

08:40 | 記事 nao [コメント:0]

『ウメ子の会』

2018年06月25日 | 未分類

ファイル 1192-1.jpeg

平成22年度 協会主催の第1回認知症介護実践リーダー研修終了者で、2、3ヶ月に一回食事会を開いている。

誰が音頭をとって集まったわけでもなく、自然とこの会は始まった。

第2回目の会場が「ウメ子の家」という創作料理のお店だったので、この会の名前を「ウメ子の会」と呼んでいる。

かれこれ、8年続いているが、ぼくは一回忘れてすっぽかした以外は、全部参加している。

たわいもなく近況を伝え合い、次第にお酒が入ってくると、それぞれの夢や言いたいことを語り出す。ぼくにとってこの会は、肩を貼らずに心地よく過ごせるから、毎回顔を出す。

今日は、7人のメンバーが集まった。2時間の飲み放題終了後から、なんか知らんけど盛り上がった。協会のこれからのことや目指すべきこと、などなど様々に語り合った。

しかも、なんと!第1回のリーダー研修から、2人の認知症介護指導者が生まれ、さらに今年度1人指導者研修を受けることになっている。

この会がこれからも、上下関係やルールや決まりのない集まりを継続して、いろんなアイデアが生まれてくることを願っている。

次回は雪が降る前に集う約束をしてわかれた。

みんな!今日も有難う^ ^👍

23:55 | 記事 nao [コメント:0]

『ゼノン効果』

2018年06月25日 | 未分類

ファイル 1191-1.jpeg

量子物理学でいう「ゼノン効果」とは、間を置かず繰り返して観察すると、量子(原子)の属性(性質)がフリーズ(固定化)し、その状態に留まり続ける状態のことを言うそうです。

つまりは、ぼくらの業界でいうと、介護職不足という状態を一定量の世間が人々が繰り返して観察することによって、介護職不足という状態が固定化し、その状態が留まり続ける状態になることをいう。

確かに、世間の意識は、こうしたマスコミの報道で拡がりを見せ、多くの人たちが介護人材不足という意識を創り出している。

本当にそれでいいのだろうか?

ぼくは、少なくともぼくは、その意識から遠いところに自分を置くようにしている。その代わりに、上辺の取り組みではなく、個の介護の本質、CAREの本質を様々な媒体を利用して伝えている。

そのお陰かどうかは定かではないが、この春には多くの人財が集まりました。

いつまでも、他のせいにしている以上は、この現状からは抜け出せないと思う。

しかし、こうして介護職不足の新聞記事をFacebookの投稿写真に掲載していること自体、ひとつのゼノン効果に拍車をかける事に加担していると言えるが、記事の内容は真逆なので、まっいいか!

さぁ!介護のこれからの在り方をどう創ろうか感じたことを、発信していきませんか?

(自宅🏠)

15:03 | 記事 nao [コメント:0]

『スターバックスコーヒー 札幌紀伊国屋書店』

2018年06月14日 | 未分類

ファイル 1190-1.jpeg

一度来て見たかった紀伊国屋書店にあるスターバックスコーヒー☕️

気になった。

札幌紀伊国屋書店の名称はそのままでいいのか?札幌紀伊国屋書店店ではないのか?店店と続くのはおかしいからか?しかし、そのままだとそのままの札幌紀伊国屋書店になるが、スターバックスコーヒーはそれでいいのか?こうなっているということは、これでいいのだということだろうからいいのだろうな。まっ、どうでもいいことだが気になる(^^;

カフェラテの模様がハート♥️になっていた^ ^💓

それだけで、嬉しい年頃のKGG^ ^(笑)

さぁ!仕事をするか^ ^

(スターバックスコーヒー 札幌紀伊国屋書店店にて)

11:49 | 記事 nao [コメント:0]

『綺麗だなと思って』

2018年06月07日 | 未分類

ファイル 1189-1.jpeg

綺麗だなと思って^ ^

(中山峠にて)

15:14 | 記事 nao [コメント:2]

『このままでいい』

2018年05月21日 | 未分類

ファイル 1188-1.jpeg

このままでいい

このままでいいというのは

何も変化がない状態でいいというわけではない

どうあがいても変化はする

生きているということ

それは確かに前のそれとは違う状態であるということ

自分の生きるという意思と相応して起きている変化

そのことを自然体でただただ生きるということが

このままでいいの本質

一旦立ち止まらないまでも、動きながらでもいいから、思慮深く在ることも生きるためには大事なことかもしれません

07:57 | 記事 nao [コメント:1]

『人生下り坂』

2018年05月17日 | 未分類

ファイル 1187-1.jpeg

『人生下り坂』

今日の投稿は、アメブロやFacebookにも投稿しましたが、次の世代を担う後継者に伝えようと、想いを整理してためていたものを記録として投稿しておきたいと思いました^ ^

ですので少し長いし、重いかもしれませんが、目立ちたがり屋なのでご勘弁下さい^ ^

よければ、お付き合い下さい^ ^

そろそろ俺も下り坂に差し掛かってきたなぁ〜と感じるお年頃になりました^ ^

そんでもって、意識、無意識に関係がなく自分がやってきたことを、ちょーシンプルに箇条書きに書き出してみました^ ^💓(解説付き)

1.直感を信じるべし。

いいことも、そうでないことも、自分の直感を頼りにしてきたって感じかな。未来を思い描く前の感じ方って言うんですかね。まさしく直感です。面接の時も、自分の感覚を大事に、自分に尋ねる感じ。兎にも角にも、自分が直ちに感じる感覚を、どちらかというと優先してきました。まっ、その結果はフィフティーフィフティーだったけれどもね(笑)半分直感が当たってりゃ〜良しとすべし^ ^👌

2.すぐやるべし。

思い立ったら吉日!いいなぁ〜と思ったことは、まずは口に出してみよう!そんでもってその意識で動いてみよう!そんな感じ。すると、そこら中にある目には見えない素粒子が動き出して現実を創り出すんだよ。どれだけ素粒子を動かすかにかかっているんだ!そのためには、まずは動く!

3.難しい方を選ぶべし。

楽な方を選びたいのが性だね。けど、人生の岐路に立ったなって感じの時や、ここぞって言う時は、難しい方や大変そうかなって方をなんだかんだと選んできたかな。でもね、悩むのよ。そんな時のために、自分の居場所をつくっておくといいね。自分が自分になれる場所や事を見つけておくといいよ。ちなみに、それはなんでもいいんだよ。なんでもね。すると、その時を待てるから、前に進めるから。

4.それをやったら、嬉しい?楽しい?を基準にするべし。

なんでもそうだけど、何食べる?って時も、どこに行く?って時も、何欲しい?って時も、誰かと会う?って時も、ぜ〜んぶ、自分が嬉しいかとか、ワクワクするとか、喜んでいるかとか、楽しいかどうかとかを基準で決めることかな。

5.わからないことは尋ねるべし。

この世の中ってさ、わかっていないことだらけじゃない?だからわかってる人に聞いた方がいいじゃない。恥も外聞もないわけね。わからない人が、わかっている人と物事にあたるから成し遂げられるんだよ。それが宇宙の本質だよ。

6.お金は廻すべし。

何か買うとするよね。今、手元に欲しいじゃない。今、使いたいとか思うんだから今じゃない。お金が貯まるまでとかないのね。必要であればお金を借りる。手数料とか、金利とか気にする人がいるけど、そんなのかかるの当たり前じゃない、借りるわけだから。俺には必要経費なのね、それって。なんの損得勘定なく借りる。お金は廻ってるんだよ。使わないとね。

7.他の人の持つ能力と共に在る術を持つべし。

これ5番と少しダブるんだけどさ、何でもかんでも自分でやれる人なんかいないわけよ。スーパーマンじゃないんだからさ、出来ないことや、出来るけど手が回らないこともあるわけよ。じゃぁ、出来る人にやってもらおうよって感じかな?お願いしちゃえばいいわけ。

8.責任はとるべし。

最終的な責任は俺でしょ。死んで責任をとりますってわけじゃないけどね(笑)これ覚悟とは違うんだよね。よくさ、そのくらいの覚悟がなきゃダメだよみたいなこと言う奴いるけど、あれ、嘘だね。そんな簡単に覚悟なんか決められっこないさ。未来の覚悟に右往左往するんじゃなくて、今、この時、一つの所に命懸けで生きればいいってこと。喜怒哀楽のぜ〜んぶ一所懸命で居りゃぁいいわけよ。責任って言うのは、未来に対する覚悟じゃなくて、今を大切に生きているかってことさ^ ^

9.今を生きるべし。

今まで生きてきて思うことだけど、過去のことを悔やんだり、起きてみいない未来のことをあ〜でもない、こ〜でもないとくよくよと考えたり、人の期待に応えなきゃって、自分を失ったり、そんなことよりも今を生きた方がいいに決まっていたよ。あんまり未来のことばっかり考えない方がいいね。

10.困っている人や事を助けるべし。

情けは人の為ならずと言うけれども、そんなことすら考えずに、人を助けることだな。困っている人や事に遭遇したら黙っていられんのですわ。つい手や口を出したり、関わったりするのね。人がいいと言うか、バカというか、でもそれでいいと思えるよ。

11.待つべし。

どうしようもないこと、何をやってもうまくいかないと感じる時は、待つしかないなぁ。こう言う時は逆に動かない方がいい。ひたすら待つ。自然の流れに身を任せる。それしかない時や、そうした方がいい時があるね^ ^待つことだね^ ^

11ヶ条も最後まで読んで下さり有難うございました^ ^

これからも増えていくかもしれませんが、その時は改訂版として再度投稿します^ ^

有難うございました^ ^💓

写真は大好きなサロマ湖にて(2018.4.28)

11:10 | 記事 nao [コメント:0]

『自己実現の向こう側』

2018年05月15日 | 未分類

ファイル 1186-1.jpeg

僕が理解したところによると

自己実現へのプロセスには2つの通過点がある

1つは自己受容

自己受容は過去の出来事や思いが対象

例えば「〜したかった」「〜して欲しかった」など

もう1つは自己肯定

自己肯定は未来の出来事や思いが対象

例えば「〜したい」「〜しよう」など

で、この2つは親密に繋がっているようだ

善い悪いとかではなくて

ただ「繋がっている」という事実があるだけで

それぞれに起こる出来事や思いに対して「そうなんだ」と自分が認められるかどうかなんだろう

過去だろうが未来だろうが

全ては今起きているという事実

そこをどう自分と合わせるかだけだろう

ここがズレてくると人間は生きづらくなるね^ ^

さぁ、どう生きようか?

07:36 | 記事 nao [コメント:0]

『人生について』

2018年04月30日 | 未分類

ファイル 1185-1.jpeg

自分の人生

すべて自分で決められる

自分を生きるとはそういうこと

このことを解る若しくは解ろうとする人は幸い

なぜなら

それすらも自分で決められるから

そう思った

21:45 | 記事 nao [コメント:1]