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『大丈夫』

2018年04月09日 | 未分類

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大丈夫、大丈夫。
大丈夫だから大丈夫。
ほんと大丈夫だから。
なんで大丈夫何ですかって言われても大丈夫。
大丈夫だから。
大丈夫、大丈夫。
失敗しても大丈夫。
切なくても大丈夫。
悲しくても大丈夫。
喧嘩しても大丈夫。
泣いても大丈夫。
怒っても大丈夫。
悲しんでも大丈夫。
喜んでも大丈夫。
楽しんでも大丈夫。
笑っても大丈夫。
一文無しでも大丈夫。
イクラ食べられなくても大丈夫。
病気になっても大丈夫。
転んでも大丈夫。
事故っても大丈夫。
二日酔いでも大丈夫。
恨んでも大丈夫。
妬んでも大丈夫。
嫉妬しても大丈夫。
遅刻しても大丈夫。
なにがあっても大丈夫。
なにしても大丈夫。
大丈夫なんです。
死んでみ大丈夫。
大丈夫じゃなくても大丈夫。
大丈夫^ ^👌

08:04 | 記事 nao [コメント:1]

『本音』

2018年04月05日 | 未分類

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本音を伝え合い生きて失うような人間関係は失ってもいい

本音で伝え合い生きて豊かになるような人間関係は仲良くした方がずっといい

その瞬間最大限嬉しいことや、楽しくなることや、好きなことや、ワクワクすることなど、自分が豊かになるようなことをすることが、自分自身で在るということに繋がる

それは自分自身が本音で生きているということです

そして、できる限り直ぐに行動に移すことです

そして大切なことは、結果を期待しないことです

しかし、それでも人間の心の中には恐怖(過去経験による未来への防衛)が生まれます

その時です

自分の心の中に何が起きたとしても、自分自身は(を)信じると決めることです

そうして私たちは生きています

12:55 | 記事 nao [コメント:13]

『初入社式』

2018年04月01日 | 未分類

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初入社式

この度、新年度を迎えるにあたり、当社(18年目に突入)始まって以来、初の入社式をすることにしました

本日入社8名、その内新卒者が2人おります

‪本日、10時30分より、小規模多機能居宅介護アウルの地域交流室にて、新入社員の紹介、辞令の交付、管理者の紹介、私から会社の生い立ちや理念についてお話をすることにしました‬

‪前代未聞の採用の数に少々興奮気味で、嬉しい限りですが、これから彼ら彼女たちが、自分自身をどう育んでいくかが楽しみです‬

‪今日からアウルの仲間です‬
‪末永くよろしくお願いします^ ^‬

‪皆さんへ一言‬

‪『大切なことを大切に』‬

‪本日は、おめでとうございます^ ^‬

09:23 | 記事 nao [コメント:1]

而今(にこん)

2018年03月31日 | 未分類

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而今(にこん)

すっかり忘れてしまっていたが、この言葉が気になりインターネットで調べてメモに書き留めていたのを見つけた。
昨日は色々とあった。
言葉では言い表せない悔しさと悲しさの想いと自分の非力と自他の二面性を感じた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

而今(にこん)とは

 「過ぎ去った時」「この瞬間」は二度と戻ってこない。
ということを表した禅語。絶対の生命の真実は「今」この時をおいて他にない。「今」この瞬間を大切に生きなければならない、ということを教えています。
 過ぎ去った時間ばかりに心を寄せてはいけません。誰しも過去を振り返ることはありますが、過去の失敗を悔やんでばかりいたり、過去の苦しみから抜け出さずにいたり、あるいは、過去の栄光にばかりしがみついていたりする。
 人は誰しもそのような心を持っているものです。そう簡単に断ち切れるものではないかもしれませんが、大切なのは「今」というこの瞬間に生きること。一生懸命に「今」を生きていく。それが未来に繋がっていくのです。過去の中に生きるのではなく、二度と来ない「今」を生き切ることが大切だと教えている言葉です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ただただひたすらに。
ただただひたむきに。

07:38 | 記事 nao [コメント:2]

『しあわせ』

2018年03月30日 | 未分類

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幸せの定義は人それぞれですが

幸せになるにも抜け道がある

幸せになるためにズルしてもいい

壁なんか乗り越えなくたっていい

抜け道を探して

壁の向こう側にとっとと行っちゃえばいい

いっそのこと

背中を向けて逃げちゃえばいい

幸せはそこらじゅうに転がっている

あとはそうするだけ

人は人

自分は自分

貪欲に自分を生きること

そう自分に言い聞かせる

久しぶりに自分の原点に触れに来ました^ ^☕️

11:53 | 記事 nao [コメント:2]

『タイミング』

2018年03月30日 | 未分類

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人生ってタイミングだね

タイミングが合うと

色んなことが起きるもの

良くも悪くもタイミング

日本語で言うと「たまたま」かな?

自分のやることをひたむきにひたすらやり続けること

あとは待つだけ

このショットもタイミング^ ^🐈

08:19 | 記事 nao [コメント:0]

『嬉しいこと』

2018年03月29日 | 未分類

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先日、嬉しいことがあった

昔、同じ業界(グループホーム)で仕事をしていた知り合いの方に、なんと!札幌のコストコでばったり出会った

今はまったく畑違いの仕事をしているという。
そんな話を少し照れ臭そうに語る彼を見ていると嬉しかった

本人曰く、また今度、介護の業界に戻ろうと思えたら戻ろうと思ってるんですと、僕に配慮したような話をされた

彼が仕事を辞めたことは、風の便りで聞いていたが、正直なところ、やめたほうがいいと思わず告げていた

介護の業界の善し悪しとかではなく、畑違いの仕事に自分の生き甲斐と情熱を持って挑んでいられるのなら、そこが探し求めていた居場所かもしれないと、彼の話し方で感じたからだ

やりたいことと出来ることは違う
世の中は基本「たまたま」の連続
苦しい想いや人に陰口を叩かれながら生きるのならば、自分の感性に響く仕事をした方がいいに決まっている

そう思うと涙が止まらなくなった

逢えて本当に良かった^ ^
有難う^ ^

13:26 | 記事 nao [コメント:2]

『徘徊』

2018年03月27日 | 未分類

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未来に「大丈夫」が来ると知っているが、今の不安は消えることはない。不安は不安として受け入れるしかないと自分に言い聞かせる。それは、その不安をとことん味わうと言うよりも、その不安を認め終わりにするということで、次に進めるような気にすることである。つまり、そこにいつまでも、留まっていてはいけないということである。

「徘徊」の言葉がとりだたされているようだが、僕がグループホームに関わるようになってからですから、かれこれ20年も前からすでに使っていない。研修会や講義や、何か人に伝える場合に、あえて「徘徊」という言葉を使うが、単純にこの言葉は実際に見えている姿だけを表している言葉であることがひとつ、そもそも本人の本当の気持ちや言葉や行為を表している言葉ではないという意味のふたつに分けて説明のために使っている。つまりは、状態像の捉え方の前提が変わらない限り、単純な言葉の入れ替えだけの議論になるだろう。人間は、一般の人、専門職、老若男女にかかわらず、人にくっつく言葉で人の姿や関わりに創造力が働き、左右される生き物だとすると、言葉の選択は大事になる。だから「認知症の人」という呼び方や捉え方にもこだわりを持って、今も伝えているし、安易に「認知症の人」とは使わないし、言わない。そもそも、言葉を超越したところで繋がろうとする人たちにとっては、あまり言葉は意味をなさないとさえ感じている。僕にはどちらも作用するから面倒くさい。「徘徊」の言葉の善し悪しの議論は、僕の中では終結しているので、世間は今更何を言っているのだろうと正直感じたし、逆にまだまだ議論は尽くせていないと感じた。究極の話、誰かが使うとか使わせないとか、使わないようにしようとか、自分の感性に照らし合わせて、各々が決めることだろう。現に、昨年美唄市で行った訓練では、「徘徊」という言葉、文字はどこにも見当たらなかったし、専門職も含め、美唄の市民の皆さんが話し合って決めたそうだ。つまりは、その割合で世の中の成熟度は決まってゆくのだろう。昨年、支笏湖の山林の中を走る国道で、一心不乱に歩くお婆さんをみて、和田さんと僕は瞬時に支えなきゃと思った訳で、そこに「徘徊」という言葉は存在しなかった。(この時の詳細を知りたい方は、和田行男さんの中央法規出版のブログを検索して欲しい)人と人とが支え合い、助け合う世の姿がそこに集約されていたように思う。「認知症」という言葉も、「痴呆症」だったが、専門職も含めて、未だに問題な人と扱っている人はいる。だから、虐待や不適切なケアと呼ばれる行為が未だになくならない。その一方では、その本人が声をあげたり、本を出したりしてその誤解を解くために、一人称の体験を通して真実を語っている。さらに最近では、バーチャルリアリティ、VRという一人称の体験を通して認知症の理解を深めようというシステムまで生まれている。当事者が社会に向けて声を出さなくてはいけない世の中に、僕はもう、言葉の問題ではない域に来ていると感じる。「徘徊」と呼ばない、使わない社会というよりも、互いに観心から関心へ、関心から感心へ、感心から歓心へ、そして観心へと、人種や立場を超えた多様性の「かんしん」へのスパイラルへと繋がることを信じる。そうなると、自然と言葉の選択が行われる次のステップへと人類は進化してゆくだろう、と言うか、それは一部の人たちがもうすでに行ないはじめている。

10:10 | 記事 nao [コメント:1]

『幸と愛と運』

2018年03月20日 | 未分類

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幸と愛と運

自分は不幸だと思っている人はどこにいっても不幸だ

しかし

自分は幸せだと思っている人はどこにいっても幸せだ

自分は愛されていないと思っている人はいつでまで経っても愛されない

しかし

自分は愛されていると思っている人はいつでも愛される

自分は運が悪いと思っている人は何をやっても運が悪い

しかし

自分は運がいいと思っている人は何をやっても運がいい

要はどのような前提を持って存在しているかだと思う

21:33 | 記事 nao [コメント:4]

『スマホは外部脳』

2018年03月19日 | 未分類

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スマホは外部脳

僕はスマホをノートがわりに使っている

いつでも気持ちを書き込めるし

いつでも気持ちを言葉にして整理できる

僕にとってはどこでもドア🚪のような便利グッズなのです

どこにでも持ち運び自由なノートなのです

以前まではパソコンでしたが

仕事と自宅で映画を観る時以外はほとんどパソコンを開かなくなりました

写真も音楽も映画も観れてしまう万能の道具になりました

そして、最近使用目的がひとつ増えました

外付けの脳という道具になったのです

例えば

ホテルのルームナンバー

駐車場の階と番号

奥さんから頼まれた買い物

大切な言葉

仕事の日程や通院の日程

つまり

僕の記憶をサポートをしてくれる外部脳なのです

以前は、手帳でした

今では、スケジュール管理、電話番号や住所などの連絡先は

全てスマホで管理しています

ちなみにSuicaもスマホにしていますから、とっても便利です^ ^

文明の利器をどう使うかは、それぞれの生き方にも影響されるのですね

いつも有難う^ ^🙏

大切に使わせてもらいます^ ^

12:09 | 記事 nao [コメント:0]