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再会

2016年01月30日 | 未分類

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先日、室蘭で中島先生と再会しました。

お元気なお姿に嬉しくなりました。

久々に中島節をお聞きし、自分の目指している道に再度自信が持てました。

いつまでもお元気でいて欲しいと願うひとりです。

有難うございました。

nao

13:04 | 記事 nao [コメント:0]

『茶碗蒸し』

2016年01月28日 | 未分類

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アウル(伊達)のおばあさんが私に食べさせたくて

何日も前から準備をして作ってくれました

単純に生活の支援をするのではなく

楽しみややりがいや

時間の感覚とその継続性の維持

幾重にも断層的に重なり営んでいる記憶や行為や認識や期待などを織り込んで今を生きていることにもっと焦点をあてるべき

今日はうまくいかなかったと残念がる本人

でもうまいうまいと食べてくれる人との繋がり

誰かに食べさせようという気持ちが自分の気持ちを維持させてくれるのかもしれない

有難く一緒に目の前でいただいた

『旨かった』

nao

17:57 | 記事 nao [コメント:0]

『灯り』

2016年01月28日 | 未分類

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小さな灯りがある限り

僕は信じようと思う

nao

00:06 | 記事 nao [コメント:0]

『あれ』

2016年01月26日 | 未分類

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『あれ』

僕たち夫婦にとって欠かすことのできない言葉

『あれ』でなんとなく通じる

多分多くの人が経験する『あれ』である

長く連れ添った夫婦には言葉はいらないとか

でもそんなんだから熟年離婚がどうのこうのとか言うが

僕たちは別に『あれ』で自分の意思を相手に解ってもらおうとか

解らない相手が悪いとかじゃなくて

『あれ』がでてくる話の前後をなんとなく解っているし

一緒にいることで自然と通じ合う関係というか

そんな間柄だからなのでしょうね

多分科学的になんらかの研究や証明がされていると思うのですが

そんなのはどうでもいいこと

お互いに『あれ』で解る関係がうれしいと思える関係であることが更にうれしい

お互いの会話の中で

『あれ』いいんだよな と言うと

『あれ』いいよね と還ってくる

相手を感じている証拠であると思う

だから一緒にいられるのだ

お互いに『有難う』の仲なのだ

nao

09:06 | 記事 nao [コメント:0]

『料簡』

2016年01月24日 | 未分類

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普段何気なく見ているものでも

見方を変えると

別なものに見えてくる

人も同じ

見る側の料簡次第だな


nao

20:16 | 記事 nao [コメント:0]

『一枚の写真』

2016年01月24日 | 未分類

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僕の好きな居場所の好きな席からのワンショット

大きな窓が一枚の絵のように見えるから

厳しい冬を迎えて木々の葉は落ち

吹き付けた雪が吹き付けた方向からの残雪に

あるがままに受け入れる自然の摂理を感じる

こうした一枚のその時の瞬間を切り取った写真が好きだ

そこには過去と今と未来がある

その瞬間から感じる全てが真実

その他はなにもない

生意気だが

そこを大事にする

彼らへの支援もまた同じ

その瞬間が全てだ

だから真剣にマジに主体性と選択性と関係性を探る

そこには必ずそこに至った本(素・もと)があるから

僕には派手なことはできないが

いつもそこの本質をみていた

あとはどうでもいいくらい本質をみること

そこの本(素・もと)を中心において考えること

大事なことはそれだけでいい


nao

17:25 | 記事 nao [コメント:0]

『やるかやらないか』

2016年01月23日 | 未分類

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駆け引きは嫌いだ

計算高く

いつもそろばん勘定している

損得を考えてから

物事の決断をする

経営とはそういった単純なことではない


本来やるべきことをやっていれば

結果は自ずとついてくるもの

最近ビックリしたことがあった

とあるの病院の話だが、人材を獲得するために紹介した人に10万円、紹介され採用となった場合に10万円が支給となるようである

確かにお金はあるにこしたことはないし助かる

しかし目先のお金に目がくらみ一所懸命に頑張ってきた信頼が吹っ飛んでしまうことは明白である

金にためならそんなこと云ってられないという人もいるだろ

綺麗事では飯は食っていけないと

だが俺は食っていけてる

目先の金に目がくらみ転職していった人間の末路を何人も見てきた

お金に振り回される人生は嫌である

俺はそれでいいしそう生きる

そうきめたらそう生きる

やるかやらないか

nao

14:39 | 記事 nao [コメント:0]

『内なる声』

2016年01月22日 | 未分類

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評価することが嫌いだ

多分評価されることが嫌だからだと思う

人は必然的に相対的にできている

自分をただ生きたい

それだけでいいのだが

この世界ではそうはいかないようである

最近陰ながら尊敬している人を題材にしたテレビドラマを観た

もっと好きになってしまった

立川談志である

立川談春の書いた『赤めだか』という原作本がドラマ化されたのである

その中で談春の師匠である談志が『嫉妬』について談春に説いている

その一節をご紹介する

『お前に嫉妬とは何かを教えてやる
 己が努力、行動を起こさずに対象となる人間の弱味を口であげつらって、自分のレベルまで下げる行為、これを嫉妬と云うんです。一緒になって同意してくれる仲間がいれば更に自分は安定する。本来なら相手に並び、抜くための行動、生活を送ればそれで解決するんだ。しかし人間はなかなかそれができない。嫉妬している方が楽だからな。芸人なんぞそういう輩の固まりみたいなもんだ。だがそんなことで状況は何も変わらない。よく覚えとけ。現実は正解なんだ。時代が悪いの、世の中がおかしいと云ったところで仕方がない。現実は事実だ。そして現状を理解、分析してみろ。そこにはきっと、何故そうなったかという原因があるんだ。現状を認識して把握したら処理すりゃいいんだ。その行動を起こせない奴を俺の基準で馬鹿と云う』

そうなのである。明確で適切な示唆に驚きを隠すことができなかった

最近では、SNSで相手をコテンパンに一方的に避難している輩もいるようである

人の振り見て我が振りなおせ

それだけでいいのである

誰かに賞賛されたり同意される必要はない

ただ自分で云っていることとやっていることが同じであることが礼儀であり真理である

自分の胸に手を置いてみるとわかる

自分の内なる声に耳を傾けるとわかる

nao

22:41 | 記事 nao [コメント:0]

『リーダーフォローアップ研修』2

2016年01月22日 | 未分類

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リーダーフォローアップ研修2日目

各グループ自問自答の連続

自分の課題として自分のところのスタッフの育み方だったが

話をしているうちに

いつの間にか自分の内なる課題が見つかる

結局のところ他者ではなく自分であることに気づく

このような場や機会が

そもそも自分の職場にあるといい

何事もそうだと思うが

結局のところ自分に還ってくる

nao

10:56 | 記事 nao [コメント:0]

『リーダーフォローアップ研修』

2016年01月21日 | 未分類

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今日は『実践リーダー研修フォローアップ研修』

日胆ブロックで、2度開催致しました認知症介護実践リーダー研修のフォローアップ研修を企画しました。

協会のブロックの助成金を使っての研修会です。

リーダー研修修了者を対象に20名の皆さんが参加されております。

アウルも、伊達と登別から2名参加しています。

伊達は、今地管理者、登別は、宮崎管理者です。

この研修会は、今それぞれに抱えている課題を持ちよって、4人1グループで、それぞれに事例提供者、司会者、記録者、発表者の役割を持ち、全員の課題を解決してゆくという内容で行っています。

これは、自分以外の誰かに課題を解決してもらおうとする単純な他力本願というものではなくで、それぞれの役割を担いながらも、自らの課題の解決の糸口を探ることを目的としています。

他者の意見を聴くこと、自分の意見を伝えること、他者の意見を自分の意見と融合させていくこと、他者の意見に対して様々な感情のやり取りが織り成されてゆくこと、その中で自分の思考と発言と行動の変化を感じること、また、それらを書き出すことによって整理されていくこと、他者が自分の抱えている課題や悩みについて一所懸命に考えてくれるということ、話を進める中で自分の中で思考が展開され整理されてゆくこと、そんなことたちが自分たち4人のチームに巻き起こるのです。

自分たちで解決しようとする空気が会場中を包み込んでいます。

参加者にとっては、とてもいい機会であり、有意義な時間となるでしょう。

皆さん、明日も1日ありますが、頑張って下さい。

お疲れ様です。

nao

15:34 | 記事 nao [コメント:0]